判決における疑問点

傷害致死の共謀共同正犯、建造物侵入、凶器準備集合、詐欺の4つで懲役15年の判決を下された石元氏は本当に上記の犯罪行為を行ったと言えるのであろうか。少なくても判決を読む限りでは、裁判官の推測や推認を多用し、一方的な断定があまりにも多すぎることが分かる。加えて高裁は一審の判決を基本的に支持し、かつ、控訴した検察の主張のみを支持したという他ない。

【裁判所の判断①】

(1)K弟に対する報復を企図していた見立及びその配下の百井と意思を通じ合っていた。

【判断理由】

(a)関東連合とK兄弟らのグループとの間で長年にわたる確執があったことを石元氏もよく知っていた。(b)平成18年頃、石元氏がK弟に携帯電話を持ち去られたことがあった。             (C)平成20年に見立氏らが親しく付き合っていた先輩がK兄弟らのグループとトラブルになり、その後凶器を持った者らに襲撃されて死亡する事件が起きていること。                (d)見立氏の意向を受け、Kらしき人物と目されていた被害者がフラワーに来店したことが分かり次第、見立氏に知らせたこと。

上記が裁判所の(1)に対する判断と認定である。

つまり石元氏は関東連合とK兄弟との確執を知っており、自身もK弟に対して遺恨があり、その対立の中で見立氏の先輩が襲撃され死亡していることから、Kらしき人物がフラワーに来店した情報を受け、報復をする為に見立氏に連絡を入れたという判断である。確かに(a)から(d)の理由を見ると、報復を考えていたと思うのが自然である。だからといって関東連合とKグループとの確執を石元氏自身も右に同じだったと考えるのはいささか強引な気がする。石元氏はそれらに関して、こう述べている。

(a)長年の確執があったのは見立氏世代であり、その状況は認識していたものの、個人的に特に恨みがある訳ではない。

(補足)見立氏の直属の配下である百井氏の認識も同様で、「見立君世代のトラブル」という認識。  (b)本事件から4年も前の出来事であり、しかも暴力沙汰の上で携帯電話を取られた訳ではなく、石元氏の了承の上で、石元氏の携帯電話をK弟に渡したところ、外に出ていきそのまま帰ってこなかっただけの話であり、石元氏としてはよく分からない出来事という認識でしかない。

(c)襲撃されて死亡した先輩とは数回会ったことがあるものの、あくまで先輩達の知り合いでしかなく、顔見知り程度の関係であり、亡くなられたことに関してはいたたまれない気持ちはあるが、自分を犠牲にして報復を考える程の関係ではない。

(d)後先を考えずに連絡してしまったことに関しては軽率だったと思うが、芸能活動を始めて少しずつうまくいき始めている最中にそういったトラブルにわざわざ関与する理由もなければ、自分自身が参加する気持ちが一切なかったことで、後先を考えずに連絡をしてしまっただけ。先輩達がKを探してることを知っていた為、クラブの従業員からKらしき人物がいると連絡を受けて、それを先輩達に伝えなければ、もしそういった情報を(石元氏)が知っていたのに伝えなかったと後で自分に火の粉が来る事は避けたかった。

石元氏の認識と裁判所の認定にはかなりの違いがあることが分かる。もし石元氏が言っていることが事実であれば、関東連合とK兄弟との確執は知っていたものの、見立氏及びその配下の百井と意思を通じ合っていたとは考えにくいとするのが自然であろう。                         実際に石元氏は事件の数ヶ月前から様々なメディアで活動を行っていることは世間的にも知られている事実である。もしも石元氏自身がK兄弟に対して遺恨を持っていたとしたら、わざわざ目立つことをするとは考えにくい。先輩を襲撃し殺害する程の凶悪な相手に対して、石元氏が自らもそのK兄弟との確執の渦中にいるという認識があったのあれば、真っ先に狙われるのが自分になることは容易に想像出来る。それらを考えると、石元氏自身にK兄弟への遺恨や確執があったとは思えない。石元氏の反論にはそれなりに判断出来る材料があるのに対して、裁判所の判断はあくまで推測でしかないことが分かる。それらを考えると(1)の裁判所の判断は一方的かつ強引な推測を認定したと考えざるを得ない。

【裁判所の判断②】

(2)本件の襲撃行為を計画、準備する段階でこれに深く関与したことが明らかである

【判断理由】        

(a)フラワー従業員に電話をかけて、後輩を店に行かせるから店内に案内して欲しいと依頼(b)自宅マンションにタクシーを呼び、ロアビル付近で見立らと合流していること(c)車内にて見立らと話をしていること

上記が裁判所の(2)に対する判断と認定である。

自ら事件現場となったロアビル付近に赴き、見立氏らと合流し、車内で襲撃計画、準備を行ったということだ。つまり、石元氏はKらしき人物がフラワー店内にいることを知り、襲撃することを目的として、ロアビル付近へと向かったということである。確かにどんな理由であれ、見立らと合流した事実はある以上、その車内にて襲撃計画を行ったのではないかと考えられてしまうことは否定出来ないが、石元氏の現場に赴くまでの行動からそれらを断定出来る材料は一切ないのである。これに関して石元氏はこう述べている

(a)あくまで友人の誕生会の2次会に行く為に外出をしただけである。

(ⅰ)実際に事件現場となったロアビル付近を過ぎてその先の六本木ヒルズ付近から方向を変えている。(ⅱ)事件への関与を目的としていたのであれば、Tシャツに短パンという軽装で外出する理由がない。      (ⅲ)自宅にタクシーを呼べば、すぐに自身が事件に関与していると分かるのであり、このような足跡を残す理由がない。

(b)軽率だったと思うが、先輩とKグループの問題という認識しかなく、自分自身が関わる気は一切無かった。

(ⅰ)事件の数日まえに大勢のメディアの前で記者会見をやっており、それをフイにする理由がない。 

石元氏の主張はあくまで石元氏は襲撃行為を予見していた訳ではなく、そもそも本事件が計画されていたのかどうか以前に本件に参加する意志など一切なかったということだ。裁判所の言う本件の襲撃行為を計画、準備する段階で深く関与していたということを証明する事実は一切なく、事前に計画、準備をしていたと判断する根拠が全く見えない。仮に石元氏の主張が虚偽であれば、推認することは可能なのかも知れないが、石元氏の主張に関してはすべて物証として残存している。それに対して確たる証明もないまま、裁判所は石元氏の主張を退け、このような認定をしたのか、全く不透明である。状況、各証拠から見た推測をするのであれば、石元氏が事前に深く関与したとは考えられないと思うのが公平な判断となるはずだろう。

【裁判所の判断③】

(3)襲撃行為を遂行するに当たっては、当然に凶器の使用を伴うであろうことを想定し、凶器の準備がなされているであろうことを認識、容認していた。

【判断理由】

(a)事件現場に到着後、凶器が積んであった黒色アルファードの乗車している。          (b)見立、百井らが凶器を手にし、襲撃現場に向かっていくところを見届けた。        

上記が裁判所の(3)に対する判断と認定である。

凶器が積まれている黒色アルファードに乗車している以上、凶器を見ている可能性が大きいということ。そして襲撃実行犯らが手に凶器を持っていることを車内から目撃しているはずだということである。これに対して、石元氏はこう主張している。

(a)そもそも黒色アルファードに乗車した記憶はないし、凶器は絶対に見ていない。もし乗車したというのであれば、防犯カメラの映像を出して欲しい。                      (b)襲撃実行犯らが現場に向かう時に強制的に連れて行かれる懸念があった為、車内では身を隠すようにしていた。

裁判所は黒色アルファードに乗車し、かつ、石元氏が乗車していたキャデラックの横を実行犯らが通過していることで、客観的に考えても凶器の認識があったとしている。裁判所の判断基準の部分だけを読み、石元氏の主張と照らし合わせると、石元氏の主張には説得力にかける部分を感じる。しかし、凶器を積んでいたアルファードに乗車した記憶は石元氏にはない。その車内にいた百井氏も石元氏が乗車した記憶はないと言っている。その為、事実確認をする為に石元氏は再三に渡り、防犯カメラの映像を提出して欲しいと裁判所に訴えている。検察が証拠として提出された防犯カメラの証拠は映像ではなく、映像から画像を抜き取ったものである。その画像には石元氏が凶器が積まれていたアルファードに乗車しようとしている画像はなく、石元氏が車の横に写っている画像しか提出されていない。映像があることは検察から提出された証拠から分かっているが、ではなぜ検察は石元氏が明確に車内に乗り込もうとしている画像を提出することをしないのか。そうすれば、石元氏がアルファードに乗車したという明確な物的証拠になり、裁判所が判断している「凶器の積んであったアルファードに乗車した」という部分を完全に裏付けすることが出来る。そうやって考えていくと、理由は明確でそもそものアルファードに乗車した事実は一切なく、それは防犯カメラの映像で裏付けられている。しかし、石元氏と凶器を具体的に結びつけたい検察は黒色アルファード付近にいる石元氏の画像を抜き出し、さもアルファードに乗車したと思わせるように仕向けていると考えるのが自然である。そうでなければ、なぜ裁判所も検察に証拠の要求をしないのか、そして検察も防犯カメラの映像を提出しないのかの理由がないのである。また凶器を持った襲撃実行犯らが石元氏の横を通り過ぎていったことを過大解釈し、見届けたと判断しているが、それ自体かなり無理がある。しかも、深夜にスモークの張ってある車内から足早に通り過ぎる人間が凶器を持っていたことを見ているはずだと判断するのも疑問は残る。凶器をバッグの様に手に持ち歩いていた訳ではなく、隠すようにして持っていたのだ。それはニュースなどで流れていた映像を見れば一目瞭然である。それに客観的に考えても薄暗い車内でしかもスモークが張ってあるような見通しの悪い場所から、足早に過ぎて行く人が何を持っていたのかなんていうのは、よほど凝視しないと何を持っていたのかと判断するのは困難であろう。それらのことを考えると、この裁判所の判断は何か不自然な点が多すぎてならない。

 

上記は高裁の判決文を抜粋したものだが、判決要旨では「論理則、経験則」という言葉を多用している。この理由は物証も無く、推測でしかない部分、特に石元氏の主張と検察側の主張が合わない部分に過度に使用されている。また検察・石元氏双方の控訴趣意書を読んで頂ければ分かるのだが、明らかに裏付けの無い検察の推測の主張が通っている。石元氏が虚偽の主張しているであれば、検察の主張が通るのは当然だが、少なくても石元氏が虚偽の主張をしていると判断出来る材料は何一つ無い。なのに高裁の判決が誰が見ても検察よりの認定を行っているのは何故であろう。少なくても私達はこの判決に何かしらの意図があったと思わざるを得ないのである。