パチンコ必勝法詐欺事件

事件概要

平成21年9月から平成22年3月までの間、TとFと共謀の上パチンコ攻略業者を装い、インターネットの広告を見て応募してきた5名から総額現金568万7250円を詐取したとされ詐欺容疑で逮捕された。

上記は石元氏が六本木襲撃事件が起きた後、賃貸借詐欺で逮捕された後に再逮捕されることとなった事件である。事件の日付を見ても分かるが、事件発生から逮捕されるまでにかなりの期間が経過している。しかも図ったかのように、六本木襲撃事件後に逮捕されていることも疑問を感じてしまう。まるで六本木襲撃事件で石元氏を勾留する為に、六本木襲撃事件では逮捕が出来ないと考えた警察が強引に詐欺容疑への関与を結びつけ、無理矢理逮捕に踏切ったようにも思える。

詐欺事件における石元氏の関与

地元の後輩でもあるTとFがパチンコ攻略情報を提供する業者を装い、株式会社Xの社員を名乗り、インターネット上に掲載した広告を見て応募してきた被害者数名に対して複数回、現金を騙しとった事件である。TとFは容疑を認め、現在服役中である。
この会社の広告を取り扱っていたのが当時知人が運営する広告代理店の非常勤従業員として業務を行っていた石元氏であったことから、石元氏も詐欺行為に加担したとされ逮捕されたのである。

共謀とされた理由

(1)株式会社Xの従業員であるT、Fから連日メールで、売上や顧客の申込状況、職員の出勤     状況、現金の残高あるいは経費といった項目に分けて詳細な業務報告を受けていたこと。

(2)詐欺会社から石元氏の預金口座に複数回に渡って現金が振り込まれており、その一部を取得      していたこと。

(3)石元氏の個人的な用途のための支出が、株式会社Xが「社長経費」として計上していたこと。

上記の外形的、客観的事実に基づき、詐欺会社の実質経営者であり、本件詐欺事件の共謀が成立するとされた。確かに、上記だけを見ると詐欺に関与していたのではないかと判断出来るかもしれないが、それはあくまで一方的な側面で物事を判断した場合に限る。少なくても石元氏の弁論を見る限り、明確に詐欺会社と共謀して、詐欺行為を行っていたと判断することは難しいのではないだろうか。もしもこれが石元氏ではなかったら、一方的な推認で有罪という判決が下ったとは思えない。

石元氏の主張

(1)について

・石元氏は広告費用の立替をしており、あまり会社として運営状況が良くなかったことからそれが回収不能になることを恐れ、株式会社Xの運営状況を把握する必要があった。

※上記の広告費用立替の事実に関しては、詐欺を行っていた株式会社XのTとFともに石元氏に立替があった旨供述している。

・後輩であるTとFが業務を行っている会社であるからこそ、業績の悪化している状況を解決する為に、T及びFから会社の運営状況を聞いていたまでの話である。

・石元氏の代理店と広告元との取引がいわゆる完全な成功報酬型であり、アクセスの不正などを管理し、広告元と株式会社Xとの取引が明朗になるようにする為には、状況の把握は代理店としては通常の業務範囲である。

(2)について

・石元氏はそもそも株式会社Xが詐欺を行う会社だとは一切伝えられておらず、現に株式会社XのTとF、従業員達は詐欺の認識があったことから、携帯 電話や預金口座などは足がつかない様に他人名義のものを使用しているのに対し、石元氏は携帯電話も預金口座もすべて自分名義のものを使用した上で 取引を行っている。もしも、詐欺行為を働くことを事前に把握していたのであれば、自分名義の携帯電話や預金口座を使う訳がない。

・株式会社Xから石元氏へ入金されていた金は、広告代理業務を行った石元氏への報酬ないし広告の立替金の返済であり、もしも詐欺会社の利益として現金が振り込まれていたのであれば、全額を石元氏が取得していたはずである。

(3)について

・株式会社Xが石元氏の個人的な支出の支払を行ったのは、あくまでTやFに対しての金銭の貸し付けがあったからであり、それを株式会社Xから支出したり、また、それを会社の経費として計上していることに関しては石元氏の知る範囲ではない。

『社長』は石元氏ではなくパチンコ必勝法会社の代表取締役であったTを意味するものであったことが
石元氏の裁判のみならずT自身の裁判でも明らかになっている。

 

上記が石元氏の主張を抜粋したものである。

裁判所、石元氏の主張双方共に明確に詐欺を行っていたという証明にはならないし、詐欺をやっていなかったという証明にもならないのではないだろうか。裁判所は外形的、客観的事実に基づき有罪と判断したが、だとしたら、石元氏が自身の名義の預金口座、携帯電話を使用していたことを無視してはならないはずだろう。つまり、詐欺行為に加担していたのか判断するには、不透明な部分が多く、関係無いと考える余地があるのにも関わらず、裁判所が検察の推認を一方的に認めたことが有罪となった決定的な理由だという他ならない。これがまかり通ってしまうのであれば、一般市民は検察及び警察の匙加減ひとつで有罪に出来るということになってしまう。有罪か無罪か疑う余地がある以上、一方的な推認で有罪と判断してしまうことは、法の暴走としかいえないだろう。